黒崎砲台跡
壱岐で最も有名な観光地『猿岩』の駐車場から徒歩1分にある黒崎砲台は昭和初期に建設された砲台で、第二次世界大戦後破壊され現在は跡地のみが残されています。当時はその大きさ、飛距離から東洋一の砲台と言われていたそうです。
この砲台は昭和3年8月から6年かけて完成さあせたもので、設置された砲台は、戦艦「土佐」に搭載されていた主砲です(巡洋戦艦赤城のもだったとする資料もあり。現在調査中)。口径41cmのカノン砲二門の砲台で砲身の長さ18.83m、砲身1本の重さが150トン、弾丸の重さ1トン、最大射程距離約35km、同じ規模の砲台が韓国釜山と対馬にあったとされています。いかに対馬海峡周辺が国防をになう重要拠点であったかを物語っています。戦艦「土佐」は全長約260メートルで39,990トンで計画されていた戦艦で、あのタイタニックが総トン数46,328トン、皆さんおなじみの豪華客船「飛鳥」が、28,856トンですからその大きさが想像できます。
しかしながら、この砲台は一発も実弾を発射することはありませんでした。壱岐ナビ管理人の祖父が数年この砲台の隊長をしていたようで、祖母からよくこの砲台の試し撃ちの話を聞きました。砲台を撃つとその爆音と衝撃で砲台周辺の海の魚が気絶して浮いてきたそうです。その魚を部下の兵隊さんが届けてくれたと言ってました。管理人の家には当時は極秘資料だった爆破される前の砲台の写真があります。
以前は、巨大な地下要塞跡地にも入ることができましたが、現在は九州西方沖地震で内部に崩壊の恐れのある箇所があるため、立ち位置禁止となっています。
ただ、猿岩駐車場の売店「お猿のかご屋」裏の山道を少し登ると、砲台の巨大な穴を地上からも見ることができます。


