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 天手長男(あまのたながお)神社は壱岐國の一宮で、壱岐式内24社の一つに数えられる由緒のある神社です。壱岐國の一宮とされています。
天手長男神社 国道を少し入った田園風景の中に見える小高い丘の山頂にあります。山門の一の鳥居は昭和に建立されたもので、鳥居をくぐると苔むした石段が続きます。一歩一歩登ると中腹には二の鳥居があり、この鳥居には宝満神社の額があります。頂上に立派な石造りの江戸期明神型鳥居、その奥に拝殿と本殿が見えてきます。左手に社務所があるりますが無人です。右手に境内社もあり、そこには多くの産着やおもちゃが奉納されていて、産・子育ての神として粟島(あわあしま)神社が祀られているようです。
粟島神社 古い多くの資料によると壱岐國の一宮は天手長男神社という神社であることが分かっています。それで現在この神社が一宮とされているようですが、本当にこの神社が記録に残されている天手長男神社かどうかは確定していないそうです。延宝四年(1676)に行われた式内社調査の際、平戸藩の国学者橘三喜が、「たながお」の社名から、壱岐國田中触に、その所在地を探し求め、現社地に比定したとされています。しかし、近年の研究では、芦辺町にある壱岐七社、壱岐式内24社の興神社が、「興(こふ)」は「国府」であり、一宮であるとする見解もあり、式内天手長男神社とする人もいるようです。
 また、この天手長男神社の境内からは日本で3番目に古い石像として国指定の重要文化財である石造弥勒如来坐像(延久2年、1070年)が発見されています。
壹岐嶋石田郡 天手長男神社 式内社 名神大
旧村社
壹岐國一宮

昭和40年5月から以下も合祀
式内社 壹岐嶋石田郡 天手長比賣(あまのたながひめ)神社 名神大
式内社 壹岐嶋石田郡 物部布都(ものべふつ)神社
若宮神社
宝満神社
■祭神■
正哉吾勝勝速日(まさかあかつかちはやひ) 天忍穂耳尊(あまのおしほみみのみこと)、天手力男命(あまのたぢからおのみこと)、天鈿女命(まのうずめのみこと)
合祀 仁徳天皇,仲哀天皇,日本武尊,比賣大神
天手長男神社


[住  所]:長崎県壱岐市郷ノ浦町田中触730

[アクセス]:郷ノ浦から国道382号線を勝本方面へ、柳田交差点手前、サウンドベイとベスト電器の間の道を市民病院方面へ約100mほど行った左手に鳥居と参道がある。

[駐車場 ]:参道の50mほど手前を登ったところに数台の駐車スペースや小さな公園がある。。

[その他 ]:安産の神として有名な粟島神社奉祀されている。
 天忍穂耳尊(あまのおしほみみのみこと)とは、日本神話で天照大神(あまてらすおおみかみ)と素戔嗚尊(すさのおのみこと)の誓約(うけい:神意をうかがう所作業)の際に生まれた神。
 天手力男命(あまのたぢからおのみこと)とは、天岩屋戸(あまのいわやと)を開いて、天照大神を出したという大力の神。天孫降臨(てんそんこうりん)に従う。
 天鈿女命(まのうずめのみこと)とは、日本神話で天岩屋戸の前で踊って、天照大神を慰め、天孫降臨に随従した女神。


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